Dzień dobry. MPIです。APLOが近くて苦しいですが、今回も言オリ解説をしていこうと思います。
今回はAPLO2023より第2問、クテナイ語の問題です。早速始めていきましょう!
問題の出典
APLO2023-2 Ktunaxa(クテナイ語) by Jerome Jochems
https://aplo.asia/booklets/aplo-2023-prob.ja.pdf
Step.1 形態素分割
まずはクテナイ語の語句1~17および設問(a)の「弱い」を形態素に分割していきます。以下に分割の手順の一例を示します。
(1) 語句1~8から接頭辞ʔa · k(ʔa ·, ʔa ·q)を分離
(2) 語句14, 15より、形態素nanaを語句8, 9, 13から分離
(3) 語句8の分離されて残った形態素namを語句2, 4から分離
(4) 語句7, 16より、形態素sanを語句11, 17から分離
(5) 語句4, 11より、形態素niを語句10, 11, 12, 「弱い」から分離
(6) 語句12, 「弱い」を比較して、形態素ǂitを分離
(7) 語句3, 10より、形態素sukを語句10から分離
(8) 語句6, 9より、形態素¢maḱを語句9, 「弱い」から分離
(9) 語句2, 5より、形態素nuqǂuを語句5, 13から分離
以上より、次のように形態素に分割できます。*1
語句 | クテナイ語 |
---|---|
1 | ʔa·k-ǂu |
2 | ʔa·k-ǂaḿ-nam |
3 | ʔa·k-iǂmiyit |
4 | ʔa·k-iǂwi·-nam |
5 | ʔa·k-nuqǂu-ǂaḿ |
6 | ʔa·k-wum |
7 | ʔa·q-ǂa |
8 | ʔa·-qat-nana-nam |
9 | ¢maḱ-wum-nana |
10 | ǂa=suk-iǂmiyit-ni |
11 | ǂa=san-iǂwi·-ni |
12 | ǂit-ǂiǂ-ni |
13 | kam-nuqǂu-qat-nana |
14 | maḱ |
15 | maḱ-nana |
16 | san-ǂa |
17 | san-iǂmiyit |
弱い | ǂit-¢maḱ-qa·-ni |
これにて形態素分割は一通り完了です。
Step.2 形態素追跡
次に各形態素の意味や役割を調べていきます。幸いなことに今回は語句"ǂit¢maḱqa·ni"が「弱い」を意味するということが分かっているので、これを出発点として追跡していきます。
Step.2-1 語句「弱い」の解析
まず、「弱い」の語構造を考えます。語句12と「弱い」を比較すると、どちらも"ǂit~ni"の構造を取っていることが分かりますが、仮に"~"の部分が単に文法的機能のみを表すとするとa~qの内に「弱い」と大いに意味の関連する語句が含まれることになります。しかし、そのようなものは見受けられないので、"~"の部分は何らかの意味を表す形態素が入ると考える方が自然です。そこで「弱い」を「強くない」の意訳であると解釈すると、"¢maḱ-qa·"の部分が「強い」を表すと考えることができ、「弱い」の語構造が次のようになっていると分かります。
弱い=(接頭辞)-強い-(接尾辞) |
Step.2-2 形態素の追跡
"¢maḱqa·"=「強い」という対応が分かったので、実際に追跡を行っていきます。
(1) "¢maḱqa·"が接頭辞化すると"¢maḱ"になるものとすると、語句9と語句fが対応することが分かります。このとき"wum"=「腹」、"nana"=「小さい」となり、語句6と語句hが対応することが分かります。
(2) 形態素nanaは語句8, 13, 15に含まれ、うち語句8, 13はさらに"qat"を共通して含みかつそれが語根であることに注意すると、"qat"=「尾」として語句8と語句m、語句13と語句aが対応すると考えられます。このとき"nam"=「誰かの」であり、また「若く白い尾の鹿」が「白い-尾-小さい」の意訳であると解釈することで、"kamnuqǂu"=「白い」となります。
(3) 形態素namは語句2, 4に含まれますが、「誰かの~」という語句は語句g, oしかないので、ちょうどそれぞれこのどちらかが対応します。ここで、語句5の直訳が「白い-(頭/心臓)」となることに注意すると、語句5は語句lと対応し、さらに語句2と語句o、語句4と語句gが対応することが分かります。このとき、"ǂaḿ"=「頭」、"iǂwi·"=「心臓」となります。
(4) 形態素maḱは単純語となり"maḱ"、"小さいmaḱ"がいづれも語句b, c, d, e, i, j, k, pの内のどれかと対応することから、"maḱ"=「骨」が最も適切で語句14と語句b、語句15と語句pが対応することが分かります。
(5) "ǂit¢maḱqa·ni"が「強くない」と直訳されることから、"ǂitǂiǂni"も「ǂiǂ-ない」のような形で直訳されるものと考えられるので、語句12と語句jが対応すると考えられます。このとき、"ǂiǂ"=「目」となり、頻度解析により"ni"が形容詞的な単語を作る機能を持つことが分かり、したがって"ǂit"=「ない」となります。
(6) 語句10, 11はそれぞれ語句e, nと対応するので、比較によって"ǂa"=「再び」となります。語句11は形態素iǂwi·を含むので、体の内部と関連の深い語句eが対応し、語句10は語句nが対応すると分かります。
(7) 語句10と語句11の比較により、形態素iǂmiyitは気象に関連する意味を持っていると予想できます。さらに、怒っている=san-心臓-(形容詞化)より、形態素sanは否定的な意味を持っていると予想できます。したがって、語句17と語句cが対応していることが分かり、このとき"san"=「悪い」、"iǂmiyit"=「空」となり語句3と語句q、語句16と語句kが対応すると分かります。このとき、"ǂa"=「内側」が最も適することになり、語句7と語句iが対応すると分かります。したがって消去法で語句1と語句dが対応することが分かり、"ǂu"=「雪」となります。
(8) 語句10に含まれる形態素sukの意味が分からずに残りましたが、設問(e)の22が翻訳できることから、"suk"=「良い」としてよいでしょう。
これにて形態素追跡は一通り完了です。
Step.3 語構造まとめ
最後に、答案には必要ありませんが、語構造についてまとめておきましょう。
まずは形態素の順序を振り返っておきましょう。形態素の順序は次のようになっています。
(接頭辞)-(名詞)-(接尾辞) |
次に接頭辞や接尾辞の構造を調べていきましょう。
接頭辞構造
接頭辞はʔa · k(=不詳), ǂa(=再び), ǂit(=否定), 形容詞の四種類があり、複数種類付く場合はこの順に並びます。
接尾辞構造
接尾辞はnana(=小さい), nam(=誰かの), ni(=形容詞化)の三種類があり、複数種類付く場合はこの順に並びます。
これにて語構造まとめは完了です。
Step.4 解答
必要な情報が出揃ったので、解答を書きます。今回は答え以外の追加説明が不要となっているので、設問への答えのみ書くことにします。また、不詳となっている接頭辞ʔa · kは完全に省略します。
設問
(a)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
d | o | q | g | l | h | i | m | f | n | e | j | a | b | p | k | c |
(b)
ǂa: 「再び」、「内側」
(c)
設問 | 形態素分割 | 直訳 |
---|---|---|
18 | (不詳)-尾-おなか-内側 | 内に尾やおなかを持つもの |
19 | 再び-ない-雪 | 再び雪がない |
(d)
設問 | 形態素分割 | 訳 |
---|---|---|
20 | ない-尾-(形容詞化) | 尾がない |
21 | (不詳)-(心臓)-(小さい) | 小さい心 |
(e)
22. sukwumnam
23. ǂiǂ*2
余談
ここからは完全に余談なのですが、クテナイ語のアルファベットは次に示すような少々特殊なものが用いられています。
・ḱ: kの放出音
・ḿ: mの咽頭化音
・¢: 日本語の「つ」の子音
・ǂ: lを発音する口でsを出したような音(モンゴル語のл)
これについて調べようと思っていた時に知ったのですが、意外なことにクテナイ語は学習環境が比較的整っており、インターネット上などでも英語さえ分かればある程度学習することができます。ここにいくつか参考となるサイト等を貼っておきますので、興味のある方は一度勉強してみてもいいと思います。
(クテナイ語の発音についての動画)
youtu.be
(クテナイ語の辞書)
www.firstvoices.com
(クテナイ語のpdf集)
www.aqamnikschool.com
(クテナイ語学習用アプリ)
それではまた次の解説で会いましょう、hu ¢xaǂ ǂa ʔupxnisni!